帰省バスの中で                         (投稿者: mr.monday 投稿:平成20年 2月)


数年前の年末、大阪駅前から阿波エキスプレス徳島行きに乗った。
徳島まで約3時間の旅である。

身動きの出来ないバスの車中では、隣に誰が座るかは、大きな問題だ。
幸い、隣は小柄な女の子だった。
午後1時ちょうど、バスが動き出すとくだんの女の子はコンビニの袋からおにぎりを取り出し静かに食べ始めた。

バスは中之島公会堂を右に見て、難波に向かった。難波で十数名の客を乗せてから、大阪湾を左に見て神戸方面に向かった。
冬の大阪の海は凪いでいた。
その海に向かって雲の切れ間から何条もの光が差していた。

ちょうど、おにぎりを食べ終わった女の子に僕は
「あれが、天使の階段って言うんや、知ってる?」
と話しかけた。女の子は、
「きれいですね。でも、天使の梯子と違いますか」
と逆に問うてきた。
「違うよ、村山由佳の題名にもなってる天使の階段や」
と僕も譲らなかった。
「私も村山由佳、読みましたけど天使の梯子でしたよ」

その時になって、僕もようやく了解した。

光は直線で、ちっとも階段らしくはなかった。それはどう見ても天使の梯子だった。

帰省の時季、そのバスに乗っているのはほとんど県人だったろう。そんな気楽さから話は続いた。
彼女は新潟大学陸上部の4年生だという。しかも投擲をやっているという。(投擲なんて字も書けないよ。)
投擲選手の肩の筋肉はどうなっているのか触らせて貰いたかったけど、さすがにそれは言いそびれた。
まだ就職が決まってないけど、出きればスポーツインストラクターみたいなことがしたいと言っていた。

今の時期にまだ決まって無くて大丈夫なのかなあ、僕は心の中で思っていた。
バスは、油絵の風景のような瀬戸内海の上を走り、淡路島に入った。

少し雨が降ってきた。僕の旅には雨がつき物だ。

彼女の携帯が鳴った。「父からです。」と言ってから小声で話し始めた。
彼女は海南という徳島南部の小さな街の出身だという。僕の高校に海南出身の子がいて、雪は20年に一度くらいしか降らないと言っていた。
そんな街出身の子が新潟に行ったら、雪に驚いたことだろう。でも今ではスキーも上達したという。
小柄だが、いかにも運動神経の良さを感じさせた。  

海南から父上がバス終着の徳島駅まで車で迎えに来ているという。
2時間少しで海南から徳島市まで来られると言うから驚いた。道が良くなったんだ。ディーゼルの鈍行で4時間くらいの距離だったと思っていた。  

やがてバスは川面が光る吉野川橋を通過して徳島市内に入った。

彼女と話していたので時間が短く感じた。
なんとか椰子の林立する徳島駅前がバスの終着点だ。

「よいお年を」彼女は笑って人混みの中に消えていった。